この道を行けば

モントリオールでの留学生活を気の向くままに・・・
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お別れです

前略 皆様お久しぶりでございます。

長らくブログというものから身を遠ざけておりました。
ここのところ、ブログ荒しも盛んのようでして、世にはとても暇な人間もいるのだなぁと感心しているところでした。

突然ではありますが、今回をもちましてこのブログへのエントリーを終了しようと思います。
必ずまた新しいブログを立ち上げ、皆様に紹介させていただこうと思っております。今までコメントを一度でも残してくださった方には、時期が来ましたらまた連絡させていただきます。

またGREE、MIXIからも近いうちに撤退するつもりでおります。そろそろインターネットの世界から距離を置き、野生の生活に戻ろうと思っている次第です。まず手始めに、4月末に日本に帰国し次第、1ヶ月強、沖縄で漁師となり、日本の領海に侵入してくる台湾や中国の漁船と戦いながら、男を磨いていく次第です。

6月中旬からは、文明社会へ復帰し、東京で社会人見習いとなるわけですが、まあ適応できるかどうかは疑わしい限りです。秋からは大学を卒業するために、一応モントリオールに戻ってくるつもりでおりますが、冬の荒れ狂うオホーツクで、蟹工船に揺られることを少し夢見だしている我が身には、海のないここモントリオールは息苦しい場所となるでありましょう。

2007年中には大学を卒業し、そのまま南米へ旅立つか、NYか東京で熾烈なラット競争に参加するか、今の時点ではまだ未定ですが、また何かの形でご報告ができることかと信じております。

皆様とご縁がもてましたことを心から感謝しつつ、これを持ちましてお別れの挨拶とさせていただきます。

サヨウナラ。
Takuzo





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弁護士

日テレ系法律バラエティー「行列のできる法律相談所」に出演している丸山弁護士は最近、インターネット上でのドラマか何かに24秒ほど出演し、収録後、自分の演技に(周りの評価を聞く前から)満足していると断言した、という微笑ましいニュースを読んだ。
弁護士になった人生に疑問を感じるほど俳優業に傾倒しているらしい。将来は映画監督にもやってみたい、と。

すごい人だなと思った。
60歳にしてまだまだこれから新しいことに挑戦して行こうという情熱と夢を戸惑いなく、しかもメディアで、語ってしまう男らしさ。彼が24時間マラソンを完走して以来、俺はこの丸山弁護士のファンだったのだけど、今日さらに俺は彼を好きになった。いい役者になるんだろうな。

日本に帰国したら、彼が出したという演歌のCDを買ってみようと思う。これはインターネットで落としてしまうには彼にとても申し訳ない気がするし。

弁護士といえば、高校の時のクラスメートのN田が大学在学中に司法試験を突破し、そしてこの度、日本で最大手の弁護士事務所にそこの代表の特別接待の末に、入ることが決まったらしい。まあ、彼は丸山弁護士のような情熱的な熱さはないが、それでも周りを黙らせてのし上がっていく図太さと要領のよさをもっている。あのエロ男前の笑顔の底には、したたかな出世計画がぎっしりと詰まっているのだろう。

なにはともあれ、これで日本の国法の俺への拘束力は若干緩くなってきたなという淡い期待が、俺には今確かにある。
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夢の続き

1週間の春休みが終わり、今学期も期末試験を除いて、あと残すところ1ヶ月になった。先週の金曜日、3月25日にある極真北米ウェイト別選手権の出場宣誓書にサインをしてからは、一抹の後悔が絶えず頭の中で小さな混乱を呼んでいる。

そういえば、先週日本からyujiが来ていたが、俺たちがカジノに行っていた先週の火曜日、St.LaurentのClub TOKYOでオンタリオから下ってきたチンピラが2階のクラブ入り口に向けて6発銃を乱射した。入り口に立っていたバウンサーは一瞬の判断でクラブ内にダイブインし、被弾を免れたものの、あたりは一時騒然としていたらしい。俺はカジノのあとにこのTOKYOにyujiを連れて行こうと考えていた。格闘技の先生がそこでバウンサーをしているということもあって、こちらのバウンサーをyujiに見せておきたかったというのが理由だが、カジノで予想以上にハッスルした俺たちは疲労と空腹を我慢できず帰宅したのだった。

そして先週の金曜日、トレーニングの後にTOKYOの入り口でバウンサーたちと立ち話をしていると、3人の明らかに容貌があちらの世界の男が、オーナーに会わせろといいながらやってきた。一人のバウンサーが3人をオーナーの下に連れて行くと、残ったもう一人のバウンサーは不安げにその後姿をずっと追っていた。ほどなくしてバウンサーが戻ってくると、二人の顔は幾分ひきつっていた。そして、「危なくなるかもしれないから、今夜は帰れ」と、俺は帰されてしまった。その後TOKYOで何が起こったかは俺は知らない。モントリオールの警察はマフィアの影響力に完全に入っているため、凶悪犯罪はモントリオール警察ではまったく収拾できないというのがもっぱらの噂だ。TOKYOはいまだにどのマフィアの庇護下にも入っておらずそのため発砲事件などが絶えないのだが、諸悪の根源は、泥棒に入られたと通報しても3時間後やひどいときには翌日にやってくるこちらの堕落しきった警察機構にあるのかもしれない。

最近、よく目を瞑って眠りに落ちるまでの数分の間に色々な情景が脳裏によみがえってくる。あるとき俺は真っ暗な電燈のない町を歩いていた。どこだろうと記憶の欠片をつなぎあわせるように俺は必死で思い出そうとする。いつもなら眠ってしまうのに最近はその場所がはっきりするまで寝ることができない。そしてそれが、カンボジアのシェムリアップだったとわかると、思い出せたことからくる安堵感に浸りながら心地よい睡魔に襲われるのだ。

これから今まで以上に忙しくなりそうだが、5月には宮古島で合宿があるのでそれまでに体力を温存して宮古島で最大限の成果をあげれるように気を引き締めて最後1ヶ月やって行こうと思う。

ps
一つ前のエントリーを読んでいただいた方、もしくはビデオをダウンロードされた方はお手数ですがtakuzo21@gmail.comまでメールをいただけませんか?あの日、このブログの一日のヒット数が250を越えました。(このブログをリンクさせている2つのSNSとして、MIXIは足跡が残るので大体わかりますが、GREEはほとんどの人が足跡を削除しています、どうしてかしりませんが)いったいどこの誰がここまで見ているのかと少し複雑な気分なので、読んでくれている方はどんな理由があるにせよメールをいただけると嬉しいです。今後はブログにより私的な内容を盛り込んでいけるようにPWつきのブログに変えようかとも考えています。
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戦いの記録

モントリオールにやってきたyujiとそれを待ち構えていたtakuzoの戦いの記録(video)。

http://s53.yousendit.com/d.aspx?id=31SJL5OXWFXEE3B61AENP2NK4A

からダウンロードが可能。俺とyujiが中学入試の試験休みに始めて喧嘩をして以来、10年間続いてきた戦いの記録。今回はモントリオール編。
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−30℃

怒涛のように続いた中間試験が、今日終わった。
試験を終えた学生たちは足早に帰路につき、それぞれのバカンス地へと向かった。
俺は、ルームメートのデイビッドと二人で家の大掃除をした。
最近、大学から3ブロック四方の学生街で一日に何件も盗難事件が発生している。一昨日はすぐ隣の家がドアを破られ、すべてのパソコンとデジタルカメラの類を盗まれていた。今日は、友達の家が、午前中試験を受けている間に強盗に入られ、同じくすべてのパソコンとデジタルカメラが盗まれた。
そして、俺が試験を終えて家に戻ってみると、2重になっている玄関のドアの外側のドアが壊されていた。きっと内側のドアが頑丈でなければ同じようにやられていただろう。
1階にリビングとキッチン、地階にルームメートの部屋も含めて3部屋ある俺の家はとにかく窓が多い。割られて押し入られてしまえば、もうなすすべはない。先週の一週間で俺の家のあるLorne Avenueは3件の強盗があった。
どこかの麻薬に狂った学生がヤクを買うお金ほしさにやっているのだろうというのがもっぱらの噂だが、やられたらたまったもんじゃない。
俺とルームメートはひたすらに対策を考えた・・・が結局、なるようにしかならないかと諦めて、晩飯に出かけた。
今日は、同じ学部のポールというレバノンからの留学生にレバノン料理のフルコースに呼ばれていた。彼は砲丸投げでカナダのオリンピック候補になるほどくそでかい奴で、先学期同じ授業をとって、授業中に腕相撲をしたことで仲良くなった奴だ。今日はそいつの家でたらふく飯を食べた後、ポーカーをしレスリングをして帰ってきた。。。
家に帰ってからは、やっぱりまた泥棒対策を色々講じてみた。
まず、大きな窓の周りには釘をちりばめた。それだけじゃ足らないと思い、オリーブオイルをコップに並々注いだコップを窓の前にたくさん並べた。窓を破ってきて入ってきたらうまくそのコップもわれ、そして足をすくわれるという算法だ。
まあほかにも色々対策を練ったがアホらしいので書くのはやめとこう。

明日からYujiが遥々日本からやってくる。奴のために俺は鶏を丸々2匹買っておいた。明日はスパーリング以上に真剣に鶏を調理してやろうと思っている。

試験疲れで頭も働かず、食欲もなく、おまけに外はマイナス30度。あしたはもっと寒くなるらしい。友達の多くはフロリダやキューバ、コスタリカにバカンスに行ってしまった。金のない俺は日曜日、まずカジノに行くことからはじめなければいけない。

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何も無い

夜の帳(トバリ)に
風が強まり
破れた紙くずが
小径を舞う

バックヤードの
赤錆にまみれた
ドアの取っ手を
握ったまま
俺はどれだけの間
立っていたのだろう

何を見たのか
何を考えたのか
すべてはあの風が
さらっていった紙くずのように

俺の記憶は俺の心は
闇の黙(シジマ)に埋もれて消えた
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バトンってなんだ?-『旅』について-

バトンというのが最近はやっているらしい。みんな俺に回しても絶対無視するだろうって決め付けているのだろう、俺には一つも回ってこない。実際、回ってきても、ほとんど無視するかもしれないけど。だけど、バトンに回答することで、よりお互いのことを知り合えるという点では、送ってくる相手とその質問内容次第では答え甲斐があるものもあるのかもしれない。

そんなバトンだった。ペンシルベニアにいる友達Hirouからのバトンは。
『』バトンとは、回す人が題を考えて他の人に回していくバトンらしく、Hirouが俺に与えた題は『旅』と『傷』。今日は『旅』を選んでみようと思う。
  
◆1 PCもしくは本棚にはいってる『旅』
パソコンにはこれまで旅してきた4大陸の写真が数千枚。それプラス、俺が旅を始めたときからの旅仲間toshiが俺がカナダに行った後も引き続き世界中を回り、その彼が行く旅の先々で送ってきてくれた写真が。
本棚にある、旅といえば、俺がとことんまで腹を壊したカルカッタでの熱い夏、毎日療養という名の下に、安宿の近くにあったちょっとモダンなカフェで毎日のように読んでいたインド人作家、Tagoreの詩集かな。旅の時読んでいた本はほとんどすべて、出会った旅人たちと交換してしまったり、宿においてきてしまったりで、ほとんど残っていない。そんな中でどうしても手放せなかった本がそのTagoreの詩集だった。
その中でも、数え切れないほど繰り返し読んだお気に入りの詩は"The Forerunner"という詩だ。ここに紹介してみようかな。

"The Forerunner"

O Traveller! You are alone-
How could you see the Unknown within you?
In the night you followed the path
Never trodden before;
You saw the sign in the sky
And alone you went;
You climbed the high peak,
From where the morning star
Sets forth on her voyage of light.

When in April heat the waterfall is born,
It has a vision of its far-distant future
Indescribable in beauty!
"I am! I am!" This refrain blossoms forth,
And hearing this call
The waters rush towards the Unknown.
Likewise, an unuttered message echoes within you,
And in every breath resounds the great yea:
"I am! I am!"

Great rocks bar the way,
Echoing the warning
"No! No! No!"
Waves thunder against lifeless matter,
Doubt raises its finger
And the coward shivers!
The sluggish mind conjures up fear,
And seeking safety rushes towards death.
In the narrow path of New Life,
You are the forerunner, ignoring all limits,
Conquering the impassable.
In every step resounds the great yea:
"I am! I am!"


◆2 今妄想している『旅』
とりあえず大学をできるだけ早く卒業して、アメリカ大陸を北端からアルゼンチンの南端のホーン岬まで、自転車かバイクで下りて行きたい。ぱっと思いつくだけでも、まずグアテマラのアンティグア、ペルーのクスコ、エクアドルの首都キトはどう遠回りしても通って行きたいな。まず、アンティグアはグアテマラの首都グアテマラシティからバスで1時間ほどの古都でスペイン帝国時代の名残が残るコロニアル風の町としてバックパッカーには名の知れた場所。クスコの旧市街付近のアルマス広場も南米を旅するパッカーたちの間では名の知られた安宿街。そしてエクアドルのキト。ここの旧市街にある超有名な安宿の名は「ホステル・スークレ」。一晩1ドルで泊まれるので一日の出費は5ドルほど・・・。と、中南米には魅力的な街が数え切れないほどある。いつか将来仕事を早々にリタイヤして冒険家になるのなら、まずは南米のアマゾンを重火器フル装備で探検してみたい。それまでに、フランス外人部隊やアメリカのサバイバリストという独特の軍隊式護衛集団と生活を共にし、できるだけの技術と知識つけることも忘れずに。

◆3 最初に出会った『旅』
最初の旅はアメリカか。映画を見ながら憧れ続けたアメリカ。無限に続く青空と白いビーチ。そしてビッグウェーブ。高校を卒業してまず向かったのはLAだった。当時、カリフォルニアにはチャックノリスなどハリウッドスターに多くの格闘技や武術を教えていた空手家がおり、その人の下で修行をしたいと思い、高校を卒業してすぐ3ヶ月間無茶苦茶働いてLAにいった。
そして、空港に着いたらいきなりLA空港テロ未遂の報道。2002年の7月4日だったかな。独立記念日か何かで特別警戒中の中の出来事だった。いきなり、度肝を抜かれた。アメリカの匂いを感じた。
毎日気まぐれにLAの下町を道場を探して歩き回った。そして人生最初の銃口との対面。アーメン。格闘技の道場なんてそういうところにしかないんだ、どうせ。コリアンタウンだかメキシカン地区だかそのへんを地図も持たず、タクシーも使わず歩き続けた末に出会った、黒光りする銃口。
道路わきに止まったバンには刺青だらけのいかつい男が4人。ニヤニヤしながらこっちを見ていた。手先で銃をくるくる回していた。あのときはガキだったな。まず体の神経が止まった。身動きがまったく取れなくなる。でも、まあ向こうに撃つ気がなかったのか、俺は逃げれて今生きている。結局そんなところにある道場に通う気にはなれず、カリフォルニアではLAからバスで40分ほどのところにあるトーレンスという街にずっといた。そこはサンタモニカビーチ、りドンドビーチと強烈なほどに真っ白な白浜が続いていた。本当に、映画の中のアメリカそのままの世界だった。
その後、NYのマンハッタンでも空手の道場に通い、あの時はコリアンタウンのカメラ屋で使い走りをして小遣いを稼いだりしてたな。

本当にバックパックを背負って旅に出たのは翌年の春。まずは北京に向かった。中国を上から下まで自転車とバスで下りて行こうと思って。中高校時代からの親友Toshiと。そして上海に着いたら分裂して、「じゃ、陽朔のカフェ"Under the Moon"で1週間後に」とかって言いながら。あのとき、バックパックを担いで中国の山の中を自転車で走り回ったときの思い出は今でも強烈だな。こんな山道を国民党に追われていた、周恩来率いる共産党は延安目指して逃げてたのか、なんて思いながら。ある山道では付近の村の小さな女の子が一生懸命追いかけてくる。裸足で。どれだけ無視しても追いかけてくる。その手には小さな財布のような民芸品が。それを道行く人に売ることで生計を立てていたのだろう。4,5歳の小さな女の子がそこまでして売ろうとするものを、100円を惜しんで旅をしている身ではあったけど、無下に断ることはできなかった。
陽朔でToshiと再会したとき、彼はMasterCardのコマーシャルに出演したりして一転して中国の村でスターになっていた。その後、俺たちは香港まで下りると、これまでの貧乏旅行からは一変し、高級スポーツカーで香港中を案内される身分になっていた。香港で、俺がかねてからインターネット上のボランティアで日本語を教えていた香港人の女の子に香港にあるペニンシュラホテルの前で待っておくように言われたのだ。そのとき、俺は相手が映画女優だとは思いもしなかった。あの中国が始まりだったかな。今でもあのまま香港に残ってテレビや雑誌の世界で仕事をしていたかったなと思うときがある。

◆4 特別な思い入れのある『旅』
20歳の誕生日を俺はどうしても世界最高峰のエベレストで迎えたかった。インドはバラナシのガンジス川で沐浴をしたらそのまま病気になり、一気に旅の速度が落ちた。目的もなく街をぶらついては、一杯10円ほどのチャイを飲んでぼーっとしてた。カレンダーをまったく気にせずに旅していると、久しぶりにあけたメールで、20歳の誕生日が近いことを知った。そしたら、慌てたな。どうしても20の前夜までにはネパールに入っていないといけなかった。バラナシからバスで19時間。一番越えやすいと言われていた国境を選んだつもりが、その途中、谷底に転がる無数のバスの残骸を見て、20歳を迎えられないかもしれない、と真剣に落ち込んだ。どうにかこうにか辿り着いたインド・ネパールの国境では、パスポートにインド出国のスタンプがなかったことを理由に国境警備隊に拘束された。でもそこは、とっさにありったけのインドルピーを握らせて(300円ほどだった気がする)、放してもらい、ネパールに入国。その夜は、国境の街(名前忘れた)に滞在。宿代は70円だった。各色とりどりの髪の毛にパンの粉やカレーのたれがついたベッドカバーは、それなりに旅慣れしていた俺でさへ、そのまま寝るには抵抗があった。新聞紙をありったけひいて、黒のゴミ袋をかけて外服のまま寝たけれど、翌朝体中が痒かった。
まあ色々あったけど無事に誕生日前日にはネパールの山岳地帯に入り、エベレストが望める宿に落ち着いた。その宿には、その夜、ポーランドから一人で旅をしていた女子学生が泊まっていた。彼女は俺の二十歳の誕生日を温かく祝福してくれた。エベレストが望める小さなバルコニーで。
蝋燭の火の中に微かに想い出せる、ネパールでの熱い夏の夜だった。

俺は今、モントリオールのマギル大学で思わぬ逗留を強いられている。だけど、ここにはここにしかないすばらしい出会いがあり、いいジムがあった。モントリオールで生活してまず、体格が変わった。20キロも増えた。それだけでも大きな成長だっただろう。大学を一刻も早く卒業し、少し旅をし、まずはお金をためるために仕事をするだろう。そしてあるとき、すべてを投げ捨て俺は旅に出る。大きな船を買って船で世界を回りながら生活してもいいかもしれない。それならギリシャの船舶王の所にでも弟子入りするか。海底にはいまだ60億ドルとも600億ドルとも言われている財宝が見つけられることなく眠っているらしい。そんな財宝を生涯探し続けるか。いつかは冒険家になろう、と俺は思っている。


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親父と村田英雄



「人生劇場」 村田英雄

やると思えば どこまでやるさ
それが男の 魂じゃないか
義理がすたれば この世は闇だ
なまじとめるな 夜の雨

あんな女に 未練はないが
なぜか涙が 流れてならぬ
男ごころは 男でなけりゃ
解るものかと あきらめた

時世時節は 変わろとままよ
吉良の仁吉は 男じゃないか
俺も生きたや 仁吉のように
義理と人情の この世界


今日、親父から電話があった。突然。

親父:「たく、村田英雄のCD送っておいたぞ。永久保存版だ。しっかり聴いて勉強しろ!!」

俺 :「・・・・・」

村田英雄と言えば、任侠道に生きる男たちの詩を歌った歌手。北島三郎よりももっと年上なんじゃないのか・・・俺はよく知らない。
この冬、日本に帰って、親父の車にあった村田英雄のCDを俺がよく聴いていたから送ってくれたようだ。実際、歌詞に心を打たれた俺は長渕剛なみにこの村田英雄を気にいってきていた。しかし、村田英雄を聴いて勉強する気は沸いてこない。ちょっと凌ぎをけずりにいこう、って気分になる。

ああ、モントリオール。俺はとても女性的な街にすんでいる。なぜか、ふとそう思った。
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失神

今日は、今年初めて失神した。させられた。
相手は、3月にある国際空手道連盟極真会主催の来年の世界選手権における北米代表団選考を兼ねた北米選手権出場予定の選手。(オリンピックに競技種目として登録されていない空手は、この極真会館の世界選手権での優勝者を事実上の空手界の金メダリストとみなしている)
俺もその北米選手権に出るつもりで(まだ出れると認められてはいないけれど)今学期やっている。というか、それに出たくて北米の大学に来たといっても過言ではないかもしれない。しょせんアマチュアでしかないけれど、それでもアマチュアの最高レベルで戦いたいと思っていた。

話がそれた。今日は、その選手が相手だったのだ。相手の高速の後ろ回転回し蹴りが俺の後頭部にきれいに入り、俺はその場に崩れた。
一つ前のエントリーで自信たっぷりの写真を載せているくせに、何書いてるるんだと言われそうだが、実際、失神しているところの写真でもアップしてみようか(もし、あったら)と思うほど、きれいに崩れ落ちた。

数秒気を失った後、俺は天井を見つめていた。覗き込む顔が、1つが2つになり2つが4つになった。ふらつきながら立ち上がり、スパーリングを続けようとすると、相手が3人いた。真ん中に決まってると思ってほとんどもたれかかるように殴りかかると、誰もいなかった。そしてまた倒れた。もう立ちあがる気力がなかった。その後、続いたスパーリングでは俺は戦意を喪失しひたすらにサンドバッグ状態。ぼこぼこにやられて、ありったけの恐怖をプレゼントされて今日の稽古は終わった。

今日のトレーニングが終わってからもう2時間以上経つのに、まだ頭が揺れている感じがする。
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Prelude for Haru

We are approaching some great battlefield in which we are soon to be engaged,
We pass the colossal outposts of the encampments...we pass with still feet and caution;
Or we are entering by the suburbs some vast and ruined city...the blocks and fallen architecture more than all the living cties of the globe....




かねてから一緒にキントレをしようと思っていた男がいた。一度、キックミットを持たせて俺の下段回し蹴りを見舞わせてやろうと思っていた男がいた。彼は神戸からの交換留学生、ハル。アイスホッケーではなく、実は陸上ホッケーをやっているのに、モントリオールでの日本人会のイベントで初めて会ったとき、彼は「メイビー」と言っていた。

今日はそんな彼を俺が通うジムに連れて行き、プロの格闘家がこなすようなメニューをやってみた。メニューの途中腕が硬直してしまった彼に、俺は聞いた。
 「続けられるか?」
彼は答えた。
 「メイビー」

その後、家に戻り、俺たちはミット撃ちをこなした。というか、嫌がる彼にミットを持ってもらい俺はひたすらに蹴り続けた。モントリオールで見つけた最高のパートナー。別れ際、肩をがっくり落とし玄関を出て行く彼の肩越しに、「またやろう」と俺は声をかけた。
彼は一瞬立ち止まり、前を見つめたまま、だけど力強く答えてくれた。
「メイビー」と。

How the skipper saw the crowded and rudderless wreck of the steamship, and death chasing it up and down the storm,
How he knuckled tight and gave not back one inch, and was faithful of days and faithful of nights,
And chalked in large letters on a board, Be of good cheer, We will not desert you;
How he saved the drifting company at last,
How the lank loose-gowned woman looked when boated from the side of their prepared graves,
How the silent old-faced infants, and the lifted sick, and the sharp-lipped unshaved men;
All this I swallow and it tastes good...I like it well, it bacomes mine....
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